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東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)85号 判決

原告 ランク ゼロックス リミテッド

右代表者 キース ベインズ ウエザーラルド

右訴訟代理人弁護士 中村稔

同 熊倉禎男

同弁理士 大塚文昭

被告 特許庁長官 志賀学

右指定代理人通商産業技官 石井康夫

〈ほか一名〉

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決について、上告のための附加期間を九〇日と定める。

事実

第一当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が昭和四〇年審判第五一三九号事件について昭和五六年一二月二四日にした昭和五四年五月一日付手続補正の却下決定を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文第一項、第二項同旨の判決

第二請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和三七年四月二四日、名称を「静電子映像形成方式」とする発明(以下「本願発明」という。)について、特許出願(昭和三七年特許願第一五八三五号)をし、昭和四〇年四月二六日付手続補正書により明細書の全文を補正したが、同年五月一七日拒絶査定があったので、同年八月九日審判を請求し、昭和四〇年審判第五一三九号事件として審理され、その間昭和四一年九月二八日、昭和四四年一月二八日、同年一〇月二二日及び昭和四五年七月二七日付手続補正書により明細書を順次補正したところ、昭和四六年一月九日右五回の各補正をそれぞれ却下するとの決定があった。そこで、原告は同年七月一七日右各却下決定の取消を請求する訴訟を提起し、昭和四六年(行ケ)第七七号補正却下決定取消請求事件として審理された結果、昭和五〇年一二月一七日右各却下決定をいずれも取消すとの判決があり、右判決は確定したが、昭和五二年九月二八日再度右五回の各補正をいずれも却下するとの決定があったので、昭和五四年五月一日付手続補正書によりあらためて発明の名称を含む明細書の全文及び図面を補正(以下「本件補正」という。)した結果、同年一〇月一三日出願公告(昭和五四年特許出願公告第三二三三二号)されたところ、特許異議の申立がなされ、昭和五六年一二月二四日「昭和五四年五月一日付けの手続補正を却下する。」との決定(以下「本件決定」という。)があり、その謄本は昭和五六年一二月二五日原告に送達された。なお、出訴期間として三か月が附加された。

2  本件決定の理由の要点

(一)  本件補正の内容は、特許請求の範囲を含め明細書の記載を全体にわたって補正するとともに、図面第1図ないし第5図、第7図ないし第11図(別紙図面参照)を削除するものと認める。

補正された特許請求の範囲は、「光導電層及び絶縁層を有する感光体を一様に照明しながら帯電させ、次いで光像による露光及び交流コロナ放電による電界の印加を同時に行ない、次いで感光体表面を一様に照明することにより絶縁層の表面に静電潜像を形成することを特徴とする静電潜像の形成方法。」というものである。

(二)  前記特許請求の範囲中第一の工程である「光導電層及び絶縁層を有する感光体を一様に照明しながら帯電させ」は、明細書全体の記載からみて、光導電層に電荷を存在させ、絶縁層には電荷を存在させないよう帯電する工程(以下「Aの工程」という。)に限らないものと認められ、絶縁層表面を帯電する工程(以下「Bの工程」という。)をも含むものと認める。

ところで、本願発明の願書に最初に添付した明細書(以下「原明細書」という。)及び図面(以下「原図面」という。別紙図面参照)には、照明しながら帯電する場合における第一の工程に対応する工程に関しては、その第二三頁第五行ないし第一八行に記載が認められ、これを原明細書のその余の記載を参酌して解明すると、交流コロナ放電などにより絶縁層を不伝導的に中性にして光像による露光を行う工程へ続く工程としてのAの工程は記載されているものと認められるとしても、Bの工程の記載はない。

してみると、本件補正は、Bの工程を含む点において特許請求の範囲を増加するものであり、原明細書又は原図面に記載した事項の範囲内においてするものでないから、明細書の要旨を変更するものである。

よって、特許法第一五九条第一項において準用する同法第五三条第一項の規定により本件補正を却下すべきものとする。

3  本件決定の取消事由

本件補正による特許請求の範囲が本件決定認定のとおりであること、その特許請求の範囲中、感光体を一様に照明しながら帯電させる第一の工程が本件決定認定のとおりAの工程に限られずBの工程をも含むことは争わないが、原明細書及び原図面にBの工程の記載がないとした本件決定の判断は誤りであるから、本件補正が明細書の要旨を変更するものであるとした本件決定は違法であって取消されるべきである。

(一)(1)  第一の工程に関しては、原明細書の発明の詳細な説明第二三頁第五行ないし第一八行に記載されており、これを区分すると、次のとおりである。

(a) 第6図ないし第9図によって説明した操作作用は一例であり、それぞれの目的のために種々方法が行われる。

(b) このようにある一変化においては正から正への過程が光導性の層のみにおいて生じた電場にて定まる。

(c) これは光導性の絶縁層を設けた板を均等に照明する間に、その板に電場を供することにより達成できる。

(d) 照明が取除かれ電場が断たれた時、電荷は光導性の層には存在するが、塗布したものには存在しない。

(e) この方法で光導性の絶縁層を荷電することは、交流コロナ放電などにより塗布物を不伝導的に中性にして映像に当て、そこで板を全面的に照明することは、引延しうる静電子潜像を形成する。

(2) まず、(b)「このようにある一変化においては」にはじまる文で説明されている工程が、第6図ないし第9図の工程そのものの説明でないことはいうまでもない。しかし、同時にあくまで第6図ないし第9図の工程の「一変化」(一変型)として述べられていることも疑いない。そうとすれば、(c)「これは光導性の絶縁層を設けた」にはじまる文において、「電場を供する」とは、第6図に示されているようなコロナ放電による電場により帯電させることを意味すると解するのが当業技術者が当然理解する意味である。このことは、甲第八号証(東京農工大学工学部教授村崎憲雄作成の鑑定書)において、「光導電層の上に絶縁層を積層した板において、この板に一様照明のもとで電場を与え、次にその一様照明と電場を断つとどのような帯電状態が得られるか」という課題について、絶縁層に帯電を生ずること、すなわちBの工程が実現されるとの鑑定意見が記載されていることからも明らかである。

(3) 前記(c)の文は、前述のとおり具体的に実施されるBの工程そのものの記載であり、(b)(d)の文は、この工程により達成される結果を述べていると解される記載である。

すなわち、(c)「これは光導性の絶縁層を設けた板を均等に照明する間に、その板に電場を供することにより達成できる」という工程をそのまま実施すると、絶縁層表面が帯電された状態が実現されるもので、これはBの工程に相当する。光導電層に電荷を存在させ、絶縁層には電荷を存在させないように帯電するというAの工程を実現するためには、この工程に続いて更に暗中で逆極性の直流コロナ放電を絶縁層に与えることにより、絶縁層表面の電荷を中和させるという付加工程が必要である。本件補正による特許請求の範囲の第一の工程は、Aの工程を含むが、それは中和工程が本願発明の概念の範囲内での工程の付加にすぎないからである。

原明細書中には、Bの工程を説明する(c)の文の前後に、この工程により達成される結果を述べた文が確かに存在し、かつその記載によれば、(c)に記載された工程が実施された結果として、「電荷は光導性の層には存在するが、塗布したものには存在しない」帯電状態、すなわちAの工程が得られるかのような説明がなされているが、原明細書中に第一工程に関し直接的に開示された方法ではこの状態は実現できないのであって、この説明のみをとらえて、Aの工程は記載されているがBの工程は記載されていないと判断するのは誤りである。原明細書中の(b)(d)の文は、Bの工程の結果として生じるものと、当時発明者が予想した物理的状態を述べたものであり、しかもそれは静電潜像を絶縁層上に形成する方法を構成する一連の工程のうちの第一工程終了時点、すなわち一連の工程における中間状態の予測であり、その予測が正しいか否かは全体の方法そのものとは関係がなく、ましてや絶縁層上に静電潜像を形成するという本願発明の方法により得られる結果そのものには何ら関係がない。原明細書中にどのような方法が開示されていたかを判断するには、その方法を構成する具体的手段に関する記載、すなわち本件においては(c)の文を最も重視すべきであって、具体的手段についての記述を無視して、その手段により生じるであろうと発明者が予測した結果の説明、すなわち本件においては(b)(d)の文をよりどころとして判断すべきではない。

方法の根幹である手段が明瞭に開示されていれば、その手段遂行の結果生じるであろうと推定した状態に誤解があっても、その誤りは要旨の変更を伴うことなく訂正できる程度のものにすぎない。例えば、(b)(d)の「光導性」を「絶縁性」と訂正し、(d)の「塗布したもの」を「光導性の層」と訂正すれば、この部分の説明自体に一貫性が得られるし、あるいは(c)の文のみを残して(b)(d)の文を削除しても、方法自体のなかに占める重要度からみて何ら支障はないのである。

したがって、原明細書及び原図面にはAの工程は記載されているがBの工程は記載されていないとした本件決定の判断は明らかに誤りである。

(二)(1)  被告は、「電場を供する」ことは「電荷を帯びさせる」ことと同義とする根拠はないと主張するが、原明細書の全文を通じ、帯電以外の目的で「電場を供する」ことは考えられないし、このことは当業技術者に自明である。だからこそ、出願公告決定の時点でも、本願発明を説明するための図面として第6図が削除されることなしに添付され、これを審判官も容認したものである。

被告は甲第八号証(鑑定書)について、コロナ放電電極を用い、空気の絶縁破壊が生ずるような電界をかけることが原明細書における「板に電場を供する」に対応するものという理由はないと主張するが、前述のとおり問題の記載は第6図ないし第9図の工程の一変化として開示されているから、鑑定書に述べられているような電界をかけることが当業技術者にとって当然自明な「板に電場を供する」という表現の実施態様である。それ故、右鑑定書は充分原告の主張を支持するものである。

(2) 被告は、前記(b)(d)の文がBの工程により達成される結果の予測を述べたものとする原告の主張について、それを裏付ける記載は原明細書になく、根拠がないと主張する。しかしながら、(b)の文は光導電性の層のみが帯電された状態を指すものと解され、これに続く(c)の文はその状態を達成するために板に与えられる手段と解することができる。この解釈は、(b)の文に続いて(c)の文があること、及び(c)の文において、「これは……ことにより達成できる。」と述べられているところから、文章の解釈法として当然に到達できるところである。そして(d)の文は、(c)に記載されたBの工程を行った後、照明を除いて暗状態とし電場を断った時にどのような状態になっているかを説明したものと解するのに何の不都合もない。

また、被告は、状態とともに説明した第一工程から何の根拠もなく状態の部分を除外する解釈が原明細書から生じうべくもないと主張するが、前述のとおり、方法を構成するのは、板に対して具体的な働きかけを行う手段である(c)の文であるから、この(c)の文を(b)(d)の文より重視することは当然である。本願発明は、昭和五四年一〇月一三日に昭和五四年特許出願公告第三二三三二号として出願公告されたが、その公告された明細書において原明細書第二三頁第七行ないし第一八行の記載に対応する部分は、特許出願公告昭五四―三二三三二号特許公報(甲第二号証)の第三欄第一七行ないし第四欄第四行の記載であるが、この記載では、先に挙げた文のうち(c)の文のみが残され、(b)(d)の文が削除されている。このことは、右出願公告決定の時点で審判官は原告の主張と同様な考え方に立っていたものと理解され、このような出願の経過からみると、被告の主張は過去にとられた判断との間に著しい喰い違いをはらむものである。

第三被告の答弁及び主張

1  請求の原因1及び2の事実は認める。

2  同3の本件決定の取消事由の主張は争う。

本件決定の判断は、次のとおり正当であって、本件決定には原告主張の違法の点はない。

(一)  第一の工程に関しては、原明細書の発明の詳細な説明第二三頁第五行ないし第一八行に記載されていることは認める。

しかしながら、原告主張の(c)の文のうち、「電場を供する」がBの工程である「絶縁層に電荷を帯びさせる」と同義であるとする根拠はない。原告が援用する甲第八号証(鑑定書)は、原明細書第二三頁の記載とは無縁のものである。しかも、コロナ放電電極という特殊な電極を用い、空気の絶縁破壊が生ずるような電界をかけることが、前記(c)の文の「板に電場を供する」に対応するものという理由はない。コロナが生じないような低い電界を印加し、照明を取除き電界を断った場合、どのような帯電状態となるかについての意見も開陳されていない。

(二)  原明細書第二三頁には、(b)「……光導性の層のみにおいて生じた電場にて定まる。」、(d)「……電荷は光導性の層には存在するが、塗布したものには存在しない。」、(e)「この方法で光導性の絶縁層を荷電する……」と記載しており、ここで問題にしているのは、光導性の層を荷電すること、すなわちAの工程についてだけであり、そのための手段として、(c)「……光導性の絶縁層を設けた板を均等に照明する間に、その板に電場を供すること……」、次いで、(d)「照明が取除かれ電場が断たれ……」と記載しているのである。

原告は、(b)(d)の文について、「発明者が予想した物理的状態を述べたもの」、「中間状態の予測であり」、「発明者が予測した結果の説明」などと主張するが、それを裏付ける記載は原明細書になく、根拠のない主張である。

また、原告は、「(b)(d)の『光導性』を『絶縁性』と訂正し、(d)の『塗布したもの』を『光導性の層』と訂正すれば」、「あるいは(c)の文のみを残して(b)(d)の文を削除しても」、「方法自体のなかに占める重要度からみて何ら支障はない」と主張するが、いずれも合理的な根拠はない。

いずれにしても、原明細書には、「光導性の層のみにおいて電場を生じさせる」、「電荷は光導性の層には存在するが、塗布したものには存在しない」ような状態を実現するよう電場を供することが第一工程として記載されたものであり、その状態とともに説明した第一工程から何の根拠もなく状態の部分を除外する解釈が原明細書から生じうべくもない。

第四証拠関係《省略》

理由

1  請求の原因1及び2の事実は、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の本件決定取消事由の存否について判断する。

(一)  本件補正による特許請求の範囲は、「光導電層及び絶縁層を有する感光体を一様に照明しながら帯電させ、次いで光像による露光及び交流コロナ放電による電界の印加を同時に行ない、次いで感光体表面を一様に照明することにより、絶縁層の表面に静電潜像を形成することを特徴とする静電潜像の形成方法」であること、右特許請求の範囲のうち、光導電層及び絶縁層を有する感光体を一様に照明しながら帯電させる第一の工程は、光導電層に電荷を存在させ、絶縁層には電荷を存在させないよう帯電する工程すなわちAの工程と、絶縁層表面を帯電する工程すなわちBの工程を含むものであること、及び第一の工程に関しては、原明細書の発明の詳細な説明第二三頁第五行ないし第一八行に記載があることは、当事者間に争いがない。

そして、《証拠省略》によれば、原明細書の第二三頁第五行ないし第一八行は、次の文からなっていることが認められる(記述の便宜上各文の冒頭に見出しの符号を付する)。

(a)  第6図ないし第9図によって説明した操作作用は一例であり、それぞれの目的のために種々方法が行われる。

(b)  このようにある一変化においては正から正への過程が光導性の層のみにおいて生じた電場にて定まる。

(c)  これは光導性の絶縁層を設けた板を均等に照明する間に、その板に電場を供することにより達成できる。

(d)  照明が取除かれ電場が断たれた時、電荷は光導性の層には存在するが、塗布したものには存在しない。

(e)  この方法で光導性の絶縁層を荷電することは、交流コロナ放電などにより塗布物を不伝導的に中性にして映像に当て、そこで板を全面的に照明することは、引延しうる静電子潜像を形成する。

(二)  原告は、前述の(c)の文において、「電場を供する」とは、(b)の文の「このようにある一変化においては」との記載からみても、第6図に示されているようなコロナ放電による電場により帯電させることを意味するから、(c)の工程をそのまま実施すると、絶縁層表面が帯電された状態が実現されるもので、これは本件決定にいうところのBの工程に相当すると主張する。

ところで、「電場を供する」で表現される技術そのものはきわめて基本的かつ原理的な技術であって、少なくとも、その強さ、供し方などが明瞭にならない限り、その表現のみで具体的な技術を特定することはできないから、(c)の文における「電場を供する」の意味を解釈する場合においても、その記載の前後の関係や原明細書の全体的記載などを参酌する必要がある。

そこで、《証拠省略》により第6図をみると、第6図には、基板13の上に設けられた光導性の絶縁層11の塗布部上面に塗料による転写板14があり(第一六頁末行ないし第一七頁第五行)、この映像部31に荷電せしめるための装置30はコロナ放電装置として現されており(同頁第一二行ないし第一五行)、ある種の電場の供されていることは認められる。しかしながら、ここで供されている電場は、コロナ放電というきわめて特殊な現象を生ぜしめるためのかなり高い電場であり、このような特殊な現象を生ぜしめるための高い電場を供することを、数値で特定することもなしに単に「電場を供する」と記載することは技術上の表現として考えられない。第6図に示された技術を特定するには、利用されている現象の特殊性を考慮して、「コロナ放電」という表現を用いるのが普通であり、前掲甲第一号証を検討しても、原明細書では 第6図の説明において前述のとおり「コロナ放電」という表現を用いており、また第6図と同様にコロナ放電を用いている第5図の説明においても「コロナ放電」という表現(第一〇頁第一一行、第一四行、第一六行、第一九行、第二〇行など)を用いているのであって、コロナ放電を「電場を供する」という表現を用いて表現している箇所は全く存在しない。

したがって、原明細書の全体的記載からは、(c)の文における「電場を供する」が第6図に示されているようなコロナ放電装置を意味し、かっこの装置による帯電を意味しているものとは到底考えられない。

更に、(c)の文の前後の関係を検討すると、(c)の文に続く(d)の文には、工程を補足的に説明する「照明が取除かれ電場が断たれ」との記載と、それによって得られる結果を明確に説明した「電荷は光導性の層には存在するが、塗布したものには存在しない」との記載があり、(c)の文の前に位置する(b)の文にも「光導性の層のみにおいて生じた電場」との記載があり、これらの記載は「電場を供する」に関する具体的手段そのものの記載ではないが、「電場を供する」を補足してこれを一層具体化した技術的思想を示唆する記載であることが明らかであり、他に「電場を供する」との表現を解釈するに当たって参酌できる記載は見当たらない。この(b)(d)の文における記載を参酌すると、「電場を供する」は、「照明が取除かれ電場が断たれた時、電荷は光導性の層には存在するが、塗布したものには存在しない」ような状態を現出させるような電場を供すること、換言すれば、光導電層に電荷を存在させ、絶縁層には電荷を存在させないよう帯電する工程すなわちAの工程を意味するものと認めるのが相当である。

原告が援用する《証拠省略》は、同号証によれば、コロナ放電電極を用いて、光導電層の上に絶縁層を積層した板に一様照明のもとで電場を与え、次にその一様照明と電場を断った場合に得られる帯電状態などについての鑑定意見を記載したものであることは認められるが、原明細書の記載から「電場を供する」が第6図に示されているようなコロナ放電による電場により帯電させることを意味するとは認められない以上、《証拠省略》をもって前記認定を左右することはできない。

また、原告は、方法の根幹である手段が明瞭に開示されていれば、その手段遂行の結果生じるであろうと推定した状態に誤解があっても、その誤りは要旨の変更を伴うことなく訂正できる程度のものにすぎないと主張するが、本願発明においては、前述のとおり、原明細書の手段そのものの記載が明瞭でなく、その結果を説明した記載を参酌してはじめて手段の説明を解釈できるのであるから、原明細書に方法の根幹である手段が明瞭に開示されていることを前提とする原告の右主張は採用できない。

なお、原告は、本件補正に基づく出願公告決定と本件決定の判断を正当とする被告の主張との間には著しい喰い違いがあると指摘するが、出願公告決定における判断は、審判手続における補正の当否の判断を拘束するものでなく、出願公告決定とは異なる判断のもとに補正が却下されることがありうることは、むしろ特許法の予定しているところ(同法第一九三条第二項第三号参照)であって、これをもって本件決定に示された判断を失当とすることはできない。

そして、他に原明細書及び原図面に絶縁層表面を帯電するBの工程が記載されていることを認めるに足りる証拠は存しない。

(三)  以上の理由により、本件決定が、原明細書及び原図面にはBの工程の記載がないから、本件補正はBの工程を含む点において特許請求の範囲を増加するものであり、明細書の要旨を変更するものであるとした判断は正当であって、本件決定には、原告の主張する違法はない。

3  よって、本件決定の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の付与について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条及び第一五八条第二項の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 秋吉稔弘 裁判官 竹田稔 水野武)

〈以下省略〉

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